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絶望ノート (5/1)

  • 悪いセミナーは依存させようとする、出口がない(ビジネスである年収まで言ったら終了、本を出版したら終了)
  • そのセミナーをうけて何をしたいのかがないと取り込まれる、それをつかってどうしたいか
  • おれはもうセミナーに頼らなくてもいい時期にきているんじゃないか、もしかして
  • 岩場のセミナーも一つの手段、観術もひとつの手段、それをつかって何をするか、それの収集を目的にしてはならぬ
  • 他人の目指しているところと、自分が目指しているところがおなじだと錯覚してはならぬ、人がいいから自分もいくというのはまさにその典型、ひとそれぞれの幸福の定義が違う
  • 日本人的な思考以外を知りたい、というのが目的でも、すべての思考を見るのは不可能、故に自分の有限の時間どこに割くかが重要
  • 自分がどれだけつらい環境で耐えられるかを試す時期がきたのではないか
  • 成功したい、金儲けしたいで見えなくなっている世界はないか、子供心をわすれて、脅迫観念で動いていないか
  • 金を稼がないと人間としてだめという理由で成功をめざすのは違う、本当は自分の周りの人が幸せであればそれでいい、のであれば、自分がいちばん周りに還元し易いもので還元したほうが社会にとっても良いのではないか、それで自分が損したって良いじゃないか
  • どの方向に進んだとしても必要な根気、ガッツみたいなものを思考で変えられるが重要
  • 自分がなりたい姿をずっとおってられるかが根気?
  • なにごとにも感謝、価値を見いだせるひと、いつどんなときでも幸福であるひと、周りに流されず自分の誇りを守れる人、自分の存在価値を認められる人になりたい、だれかに依存することなく自分で金を稼ぎたい➡相手にも相手の価値に気づいてもらえるような人間、
  • いや自分一人のことすら食い扶持稼げてないやん
  • なりたい自分がいるのに金が少ないせいでできないことはなんだ
  • なりたいものがこの方向には自分はなれないからという消去方で選ばれたならそれはどうなのか、絶対ではないのにそう確信してしまうのは早まっているのではないか
  • いまの思考を言語化する上で、語彙がすくにないと微妙な言い回しができない、ただでさえ言語化したらその思考に色がついてしまうのに、使う言語が荒いと余計な色がついてしまう、繊細な表現をしてあとで振り返ったときにもその時の思考がどういったものだったのかできるだけ正確に捉えられるように表現に気をつけよう、あとで振り返るのが自分が他人かそれとも外国人かで表現の仕方を変える必要がある、それが言語化する力、他人に伝えるにはより前後関係を詳しく書かないと行けないし、外国人に伝えるには言語を変えて相手のフィルターに合わせて書かないと行けない、
  • 自分の当たり前の中にありがたいものが隠されている
  • なまじ金があるせいでみえてない課題に絶望できていない
  • 言語化することの欠点に気づいている人は少数か、言語化することで事実がにごること、言語化することで二分化してしまうこと、区切りをつけてしまうこと、デジタルにしてしまうこと
  • 言語化することの意義とは他者に伝えあい自分の視野を広げること、そこから自分の価値を相手の価値をわかりあうこと、相手と共感できるようになった人間、言語化によるメリットは多々あるからそれを使ってより良くするためにも言語化する能力をあげよう
  • 言語がなかったらどうなっていたか
  • 言語に頼るようになって失ったものは(見つけた言葉に寄りかかり、いつの間にやらまた迷子)
  • 周りと学ぶメリット、自分の立ち位置を客観視できる、自分だけの解釈の間違いに気づける、おごりにきづける、バランスをとれる、やっているつもりを回避できる、自分が成長するスピードを上げることができる、
  • 英語を学ぶ意義、海外の哲学者の視点を見るためには原著が最もピュア、日本語に翻訳した時点でどんどん色付けが濁る、別に色に変わってしまう、そ
  • 他人からは見えない自分の世界をどれだけ広げられるか
  • 金があるのに金の投資をしぶる真理は➡金がないなら仕方がない、金をもっていることそのものに価値があると勘違いしているから、金はなんだかんだ大事だと曖昧に理解しているから